新たな決意
1月31日をもって12年間のJリーグ生活にピリオドが打たれた。
こんな形で2月1日を迎えないといけない自分の状況を認めないといけない。
12月1日にかかってきた1本の電話がすべての始まりやった。
選手会とチームとの取り決めで、その日のある時間帯に強化担当から電話がかかってくると、
来期の契約がないことを意味していた。自分は大丈夫やろ、そんな思いがあった。
その甘い考えをあざ笑うかのように俺の携帯から、今までの人生で一番嫌な音をかもし出して、
携帯音が響いた。嘘やろ、なんで、なんでやねん。電話をとるのがあんなに辛かったことはない。
強化の人が伝えてきた内容が、いまだにはっきりと憶えてない。
それからのこの2ヶ月何度自分に言ったやろ。なんでやねん。
そして、1月31日まで言い続けた。この2ヶ月の想いはこれから、このブログで書いていくけど、
今回は自分の今後の身の振り方と決意を書かしてもらう。
夢を叶える為にテストでこの世界に入り、12年間夢の中で生きてきた。
良い事も悪い事もほんまに色々あった。振り返り素晴らしいサッカー人生やったなあと、
悔いなく、思い残す事がないと言えるなら俺は引退をする。
でも、そんな気持ちに全然なれない。最後の試合の磐田スタジアムで握手をしてくれた人達の想いは
ほんまに俺を救ってくれた。俺のベガルタ仙台での日々は間違ってなかったと。
ベガルタサポーターへの感謝の想いを書くのは今度にさしてください。
2月1日から浪人Jリーガーになる。いつ呼ばれるかも、いつ決まるかも分からなく、
キャンプに自費参加も受け入れてもらえない状況でもあきらめるつもりはない。
いつ呼ばれてもいいように、トレーニングをしていき、空いた時間でTシャツを売ったり、
横浜の関内のバハカォン(ブラジル料理)の店で働きながら、備えておく。
1月31日に軌保博光(てんつくマン)という友人がいて、イベントに呼んでもらった。
ノリちゃんとは12年前の、路上で詩を売り始めたときからの付き合いで、売るのを手伝ったりしていた。
31日でJリーガーじゃなくなる、でも、諦めないと言ったら、
生活どうすんねんと言われたから、さっきの事を言ったら、Tシャツ売りに来いと言ってくれた。
初めて自分一人でダンボールにTシャツを詰めて、荷台を引いて、イベント会場の桑名まで行った。
いままでは、チームのスタッフが準備してくれていて、会場にいったらサインをするだけでよかったのに
自分一人で、Tシャツを並べたり、お金を受け取ったり、お釣りを渡したり、サインをしなあかん。
サインもチーム名も背番号もないただのサインを書いた。
ほんまは契約上は31日まではベガルタと入れてもいいのかもしれないけど、書けるわけがない。
いまごろキャンプできついトレーニングをしているのに、俺は何をしてるんやろ。
なんでサッカーでお金を稼がんとTシャツで稼ごうとしてるんやろ。
桑名までの道のりを何回引き返そうと考えたか。
でも、一緒に会社をやってる仲間が、俺がJリーガーじゃなくなり、生活を考えて引退しないように、
休みの日や寝る間を惜しんで仕事をしてくれて、どんな条件でも、どんな契約でもいいから、
お金は俺たちが稼ぐから、絶対Jリーガーに復帰して、もう一回あの舞台に、
あのピッチに戻ってと言ってくれてる状況で、引き返せるわけがなかった。
失くしてはいけない大切なプライドはある。
でも、どうでもいい驕りのプライドは捨てないといけない。
12年間Jリーガーとしてやってきた自分を褒めてあげたいし、誇りに想う。でも、俺はもうJリーガーではない。
月20万円で入ったテスト生が12年の時を経てまた、20万円ででもお願いしますと言っても、断られてるのが現実やから。
いくら嘆こうが、いくらなんでやねんと叫んでも状況が変わるわけではない。
「頑張ってください」「絶対あきらめたらあかんで」そう言って応援の意味を込めて買ってくれた人達に
ありがとうございますと頭を下げた。そして、「絶対に復帰しますんで、このTシャツを着て応援に来てください。」
その光景をピッチから見たい、この想いが俺を支えてる。
岡山一成は絶対にJリーグの舞台に戻れるまで引退しません。これからも応援よろしくお願いします。
mocidade online 応援の意味を込めて買ってくれたら嬉しいです。

